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第三章 

21話)



「・・・・とにかく、やってみようか・・・松浦さんにとり憑いた状態は、彼女の健康にも良くないし。」
 失敗したらごめん。
 言って青木は、スーと芽生を見つめてきた。
 彼の瞳の色が変わる。
 射すくめられるような冷たい瞳。
 刃をそのまま向けられた感もしないでもなかった。
(恐い!)
 逃げ腰になる芽生に
「逃げないで!」
 と叫ぶ青木。
 青木の瞳だけがドンドン大きくなってくる。
(呑みこまれる!)
 と思った瞬間。
 フイに呪縛が解けた。
 我に返った芽生の視界に、四つん這いになって冷汗をかき、うずくまる青木の姿があった。
 優斗が彼のすぐそばに寄って、青木の背中をさすっている。
(失敗した?)
 ア然となる芽生のすぐ側に、いつの間に部屋に入ってきたのか、もう一人の男性が立っていたのだ。
 彼は真ん中で分けた髪型に、丸い眼鏡をかけていた。
 その顔立ちはとても端正で、上品だ。ほっそりとした体型を覆うのは、幅広の背広。レトロな雰囲気を持つ少年だった。
 彼の姿は、淡い。
 向こうの景色が透けて見えていた。
(!)
 姿が透ける状態で、彼は生きている人ではないのは明白だ。
 けれども、雅を見た時のような、恐怖感はわき上がってこなかった。
「稔・・さん。」
 優斗の言葉に、メガネの少年が首を傾ける。
『さすがの竹林君の願いも、聞くことはできないよ。
 雅也を幽鬼にする事は出来ないからね。』
 彼の言葉は、ビブラートがかかったように響く。ひょっとしなくても、声帯を使った音ではないからかもしれない。
「幽鬼だなんて・・。俺は、ただ・・。」
『雅也には、無理な除霊だ。』
 軽く言った彼の言葉はしかし、重かった。
「稔さん・・やってみないとわかんないじゃないですか。このままじゃ、松浦さんが、呑まれてしまう・・。」
 うずくまったまま呻く青木に、優斗がうなだれる。
 それにボー然となって見つめる芽生を、痛々しげな顔をして見つめた稔は、こんなセリフを吐いた。
『・・こんな風になってしまった責任も、私にだって、少しはあるから・・・。』
 何とかやってみよう・・。
 そう謎めいた言葉を吐いて、今度は稔が芽生の前に立ちはだかる。
 スーと目を眇めた瞬間は、青木とよく似た瞳の色だった。
 けれどもその先が違う。
 いきなりだった。ズィン。と圧倒的に高い吸引力を受けて、芽生は声にならない悲鳴を上げた。
(吸い込まれる!)
 なぜ自分が・・。
 足をつけた状態で必死に踏ん張るのと同時に、『ギャアァー。』という小さな悲鳴が遠ざかってゆくような気配を感じたような、そうでなかったような・・・。
 自分自身の意識が吹き飛んでしまう感覚を覚えて、そのまま景色が遠ざかってゆく。
 意識を失ったのだ。